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映画の感想つらつらと。

『ニモーナ』私が、世界を変える

※ネタバレあり

 

NIMONA
制作年 : 2023年 / 監督 : ニック・ブルーノ,トロイ・クエイン

 

めちゃくちゃ良い作品だった。

 

作品の内容に触れる前に、私の考える映画の役割について話させてほしい。

 

映画には多かれ少なかれ「世界を今よりも良いものにする」という意義があると私は考えている。それは観る人に新しい価値観を授けることであったり、何かを考えるきっかけを作ることであったり、世界に自分の居場所があると思わさせてくれることだったりする。

 

例えばモーションキャプチャーによってデジタル上のモデルに動きを与えたり、背景スクリーンに映像を流しながら撮影をしたり、技術の進歩による新しい表現というのが生まれるのと同じように、映画の中で描かれるものにも新しいとされる表現がある。人種や性別に多様性を持たせたり、差別的な表現を是正するというのは代表的な例だ。もちろん実社会におけるそれらが「新しい人・もの」という意味ではなく、世界が今よりも良い世界になるためにこれまでの誤った価値観を変えていこう、という意味での新しい表現である。

 

映画が直接的にそういう描かれ方をしていたり、あるいは作り手の環境などで配慮がなされている作品を見つけると「映画としてこれまでになかったもの」「映画界や世界を前進させてくれそうなもの」という意味で「新しい」と感じるし、私はそういう映画が好きだ。

 

私の大好きなMCU映画『エターナルズ』に出演した俳優ローレン・リドロフは耳が聞こえないという自身の身体的特徴を反映したキャラクターについて「どうして(彼女が演じた)マッカリが聴覚障害者なのか、どうして他のキャラクターとは違うのか、またどの様にして彼らが手話を学んだのかを劇中に説明する場面がないところが私が監督とこの映画の好きな点なんです。現実世界と同じなんです。単に“他と違う人”を見るというのは面白いですよね。」と語った。

 

これはとても大切な視点だと思う。映画は現実社会を写す鏡だ。映画の中で描かれることは現実世界と不可分であり、だからこそ社会が今抱えている問題を提起したり、より良い未来を提示することは映画が担うべき役割である。心震わせるストーリーで観客を感動させるのと同じようにして、社会を写すことが誰かを勇気づけることに繋がっている。そして、たとえ描かれた対象の当事者でなかったとしても、そうした世界が映画の中で描かれるということに映画の意義を強く感じるのだ。私が映画を見るのには様々な理由があるが、中でもやはり映画の可能性を信じたいと思わせてくれる映画に出会いたいから、というのが一番大きな理由かもしれない。

 

そういう意味で『ニモーナ』は間違いなく「新しい」映画だった。  ファンタジー映画というジャンルでありながら、描かれている社会は私たちのものと何ら変わりない。子供向けだからと安易な物語にせず、真正面から社会と向き合う姿勢と成果を評価したい。

 

多様性に対する理解度や情報リテラシーに関わる問題を抱えている社会のあり方が私たちの世界とさほど変わらないものであることが伺える。これが珍しいと感じた。例えば王家の血筋を引かない、孤児院育ちのバリスターが国の騎士に選ばれたという報道がされたとき、選抜を祝う国民もいれば伝統を軽視していると非難する国民もいるという描写があったり、ニモーナの正体を巡って様々な憶測や断片的な情報を元にしたデマに翻弄される人々が描かれていたが、それらは普段私たちがSNSなどで目にしている光景と全く一緒だ。大袈裟でも脚色でもなく、まさに現実世界に起こる対立や問題が映画の中にも存在していた。クジラやサイに変身するキャラクターが登場するような作品においてこのような視点を持って物語を描くという感覚が非常に新鮮に写る。

 

そして実際その難しいバランス感覚を見事に成功させているとも感じた。いや、難しいなんて事はない、という思いすら伝わってくるような勢いだった。  巨大な壁に覆われた、固く閉ざされた世界の中で生きてきた国民たちは偏った歴史や情報を信じ込まされてきた。街の中心にそびえる女王グロレスの立像は彼らにとっての「不動の真理」であり、心の拠り所でもあった。一方でそれはニモーナを排斥する社会の象徴でもあり、無知と無理解による断絶を生んでいた。

 

社会から拒絶され深い悲しみに包まれ巨大な怪物に変貌したニモーナは「王国中の人から殺したいと思われていることも、それをたまに願ってしまう自分のことも、怖い」と感情を露わにし、事態の全容を掴みかけたゴールデンロインは「私たちの方がずっと間違っていたのかもしれない」と気付き始める。当たり前とされてきた前提が綻んでいく。弱き者の声に耳を傾けることで、誰もが生きたいと思える世界に少しずつ近づいていく。  不死鳥のごとき姿に変身したニモーナは渾身の力で王国を救う。そして世界を隔てていた外壁には大きな穴が開けられ、未知なる世界へと続いていた。

 

賢者は橋を架け、愚者は壁を作る。苦しみや間違いを言葉にして、変えなくてはならない世界を変えようと正面から言い切ることができるのは子どもに向けたキャラクター作品の良いところだ。そういう芯の部分で真摯な姿勢が感じられるのはとても嬉しいし、この映画から勇気をもらえる人がたくさんいるのではないかと感じる。


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