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映画の感想つらつらと。

『アイアンクロー』兇漢の爪が掴んでいたもの

※ネタバレあり

 

The Iron Claw
制作年 : 2023年 / 監督 : ショーン・ダーキン


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プロレスという競技をちゃんと観たことはないけれど、会場の熱気と興奮がひしひしと伝わってきた。何より映画としての興奮が非常に高く、その勢いに飲まれた。中でも今作のフレームワークは見事なもので、ハイテクノロジーの多用と後処理・後加工が当たり前となった現代映画が失ってしまった映画本来の面白さ、旨味と言えるようなものが凝縮されていた。最近プライムビデオで見た『ロードハウス』も一昔前の時代を舞台にしたオーソドックスな作品だったが、ことアクションに関しては今っぽい無機質な質感が悪い意味で目立っており、そういう意味で『アイアンクロー』が持つ熱気というのは当時の人々の興奮や熱狂を上手く捉えていると感じる。

 

プロレスに賭ける男たちの熱い思いが詰まっている一方で、本作が語るのはエリック一家が辿る破滅の一途である。凶器・アイアンクローを武器に悪名を轟かせたプロレスラー、フリッツ・フォン・エリックは自身の息子たちにプロレス界のトップを目指すべく指南する。しかし彼の熱意とは裏腹に息子兄弟たちは非業の死を遂げる。まるで死が連鎖するように彼らの間で広がる様子は、それが事実であったとは思えないほどに奇妙で悲劇的である。同時に、唯一生き残ったケビンの選択が反男性的な姿に映るのは現代にも通じるメッセージを帯びた面白さがある。絶え間なく続く父からの抑圧に耐えるしかなかった兄弟たちの苦しさと、そこから逃げてもいいと思えたケビンの「弱さ」。実質的な長男としての家庭内での振る舞いとプロレスラーとしての注目を奪われていた経験のある彼だからこそできた行動であったようにも見えるのもまた数奇な巡り合わせのように思える。拳銃で命を絶ったケリーが見た景色にはデビット、マイク、そしてジャッキーJr.の姿があった。抱擁し合う彼らの表情は安らぎに満ちており、リング上で抱き合っていた時の抑圧に耐える強さや苦しさはない。生前こうすることができていたら違った未来が有り得たかもしれないという可能性も感じる印象的な場面だった。

 

抑圧と解放という対比はフリッツ家族とケビン家族の様子にも見ることができる。男は泣いちゃいけないと言うケビンと悲しい時は泣いてもいいんだよと教える彼の息子たち。その後のフットボールもケリーたちと闘争心を燃やし競い合っていたあの頃とは異なり、ルールもなければ競争もない自由なキャッチボールである。壮絶な道のりの果てで幸福を掴むその手に、もう鉄の爪は残っていない。