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映画の感想つらつらと。

『哀れなるものたち』ゆがんだレンズが視るこの世界のひずみ

※ネタバレあり

 

Poor Things
制作年 : 2023年 / 監督 : ヨルゴス・ランティモス


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とにかく分かりやすい映画だった。主人公のベラ・バクスターが自身の自由を阻む障壁に立ち向かい、踏破し、自分らしい生き方を貫く様子を描いている。スクリーンに映る彼女の姿は非常にシンプルで力強いメッセージを持つ。

 

ぷるぷるした脳みそが刻まれたり、死体の眼窩をメスでザクザク刺したり、数えきれないほどセックスしていたり、それなりに人を選ぶ映画だとは思う。犬鳥とか鳥犬みたいな悪趣味なデザインとか個人的には結構気持ち悪いと感じたけれど、不思議と観ているうちにこの世界観が馴染んでくる。特にベラの衣装が印象的で顕著ではあるが、単なる奇抜さではなく洗練されたデザインがおかしな世界観の構築に貢献している。登場人物も機械仕掛けの玩具のようなユーモアに富んだ言動が面白おかしく、全体として昔ながらの童話を読んでいるような温かな手触りを感じる。

 

異様に彩度の高いルックはファンタジックな雰囲気を醸し出していながら、同時に歪な世界を生々しく捉えている。人生の幸福が色鮮やかに映える一方で、社会の息苦しさや生き辛さもありありと見せつける。  成人の肉体に胎児の脳を移植され蘇生手術を施されたベラ・バクスター。身体年齢と精神年齢のズレはそのまま社会とベラ自身のズレを引き起こす。

 

はじめは1人で外出することすら禁止されていた彼女。その後も行く先々で多くの困難に出会う。それは古い時代に存在した慣習であったり、現代にまで残り続ける厄介な障壁である。「そういうもの」として暗黙の了解を得てきた社会規範に対して、幼いベラは臆せず疑問を投げかける。歯に衣着せぬ彼女の物言いは観客の笑いを誘いつつも、今ある社会が偏った感覚のもとに成り立っていることに気付かせる。誰もが自由に生きられるべきである世界からひどく外れたものであるということを映画は鋭く指摘している。

 

ベラは自分で考え、行動する。たとえ世の常であろうと自分がおかしいと感じたことは絶対に考えを曲げない。彼女がNOを突きつける対象が家父長制などの客観的に見ても是正されるべきものが多いだけに、彼女の行動の全てが正しいものとして見えてしまうような気がする。(ラストの人体実験とか)でも私はそれでいいと思う。なぜなら例えば前夫にヤギの脳みそを移植した行為を否定すると、同じようにして生まれたベラの存在そのものを否定することになるからだ。たしかにベラが立ち向かう相手は現実にある根深い問題だが、物語の展開は映画という場の虚構性を上手く扱ったものであると感じた。この作品の倫理観はあれくらいを基準にしている、ということで個人的には飲み込めた。

 

本作は同名の小説を原作としている。どうも内容がかなり異なるそうで、気になって買ってみた。それにしても分厚いので読み終えるのには骨が折れそうだが、映画の理解を深める何かが掴めることを期待したい。