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映画の感想つらつらと。

『GEN V』これぞ見たかったスーパーヒーロー学園ドラマ!

※ネタバレあり

 

GEN V
製作年 : 2023年 / 製作総指揮:ミシェル・ファゼカス, タラ・バターズ

MARVEL、DCをはじめとするアメコミヒーロー映画はその台頭から今日に至るまで映像業界に旋風をもたらしてきた。超能力や異能力バトルはアメコミに限らずさまざまなメディアで親しまれており、私の場合は仮面ライダースーパー戦隊といった日本の特撮作品がその起源だ。子供の頃に味わった興奮は今でも変わらず、作品の東西を問わず楽しんでいる。しかしふと思い返してみると仮面ライダーよりも前に私とスーパーパワーを引き寄せていたものがあった。それが20世紀FOX製作『X-MEN』シリーズである。これは映画好きの母親による影響で、実家に積まれていたX-MENのDVDを漁っていたことが本当の始まりかもしれない。

 

そういう訳なのか「ヒーローもの」となると超能力を扱う作品やティーンエイジャードラマに目がない。ちなみにX-MENだと『ファーストクラス』とか『ローガン』、歴史の闇に埋もれてしまった『ニューミュータント』が結構好きだったりする。

 

そんな私にとって超能力を持った若者たちによる学園ドラマ=『GEN V』はまさにこの上なく相性の良い作品なのである。ちなみに、本当にどうでもいい話なのだが、これまでのブログの表記ルールに従えば本来「ジェン・ブイ」と表記を合わせるべきなのだが、英語の方がかっこいいので「GEN V」表記で統一する。

 

 

 


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原作シリーズにあたる『ザ・ボーイズ』は、その完成度の高さに圧倒されていた反面、登場人物の年齢層が比較的高めであったり、どことなく華のない雰囲気が重たすぎていまひとつ乗れない部分があった。それに比べると本作は学園を舞台にしたティーンエイジャードラマであることで作品のトーンが多少軽くなっていたと思う。特有のブラックユーモアも、おじさんのキツいジョークよりは学生の若気の至りの方が見やすいというか、そういう視聴の障壁の小ささが私にはとても楽しみやすかった。ただ、トーンはライトに抑えつつも描かれるドラマは相変わらずのハード路線で、見応えは十分である。

 

そもそも『ザ・ボーイズ』の魅力として挙げられるのはリアリティの追求だろう。彼らの世界に存在する「セブン」というヒーローチームは超人を利用するビジネスによって生み出されたマーケティングモデルである。そのリーダーであるホームランダーは表向きでは与えられた役柄を演じ、その裏では自らの力に酔い権力に溺れる、英雄とは程遠い存在だ。ヒーローという存在を神格化して描く従来の作品とは異なり、能力者のいる世界を一歩引いた目線から見ているドライな姿勢。それはアベンジャーズジャスティスリーグのパロディであるようで、同時に彼らに対する皮肉な物言いにも聞こえる。こうした隙の無さがアンチ・ヒーロー作品として頭一つ抜けた面白さなのだ。

 

メインシリーズで評価される徹底したリアリティの追求姿勢は『GEN V』にも現れている。自分の意思とは無関係に力を手にしてしまった若者たち。主人公のマリーは不幸にも自らの能力で両親を殺してしまい惨状を目撃した妹にも真実を伝えられず離れ離れになってしまう。力とは呪いであり、能力が発現すれば生きる道を狭められてしまう。ヴォート社が運営するゴドルキン大学はそうした彼らのために開かれた学園で、自身に与えられた力との向き合い方を学ぶことができるのである。しかしゴドルキン大学が「恵まれし子らの学園」と違うのは、志高い若者を利用する悪い大人たちの巣窟であるという点だろう。

 

大学は学生に学びを提供する一方で、彼らを「森」と呼ばれる地下施設に捕らえ人体実験を行っている。実際は能力者のみに感染する殺人ウイルスを開発しているのだが、マリーたちは学園で起こる不可解な事件を発端に、大学が隠している謎を知りその解明を試みる。彼女らが行く先々では学部長や悪い大人たちに行手を阻まれ、メインシリーズでも描かれる「一般人と能力者」の対立に加え、本作では「大人と子ども」という新たな関係性が加わり、持つ者と持たざる者の戦いはさらに深みを増している。

 

さらにシリーズの優れている点として時事性の高い表現を挙げたい。主要キャラの1人であるジョーダンは男女の姿に入れ替わる能力の持ち主で、それ自体はX-MENでもあり得そうな設定だがジェンダーの観点を取り入れると現代的なキャラクター造形に見えてくる面白さがある。また、登場人物の全員が自身に対して何らかのコンプレックス(特に親や家族との関係における悩み)を抱えていて、時間をかけて自己と向き合いセルフケアする描写が多いのも現代らしい描き方だと感じた。

 

超能力モノでは定番ともいえる組織の存在や一般人と超人の対立を、能力者=少数派の抑圧と解放というテーマを織り交ぜることでより多層的なドラマを生み出している。「森」に囚われていた青年サムは突然謎の死を遂げた学園のスター・ルーク/ゴールデンボーイ実弟で本作における重要人物の1人だ。閉鎖空間で大人の抑圧を受け続けてきた彼が外の世界に触れエマや他の学生たちとの交流を通して成長していく様子は子供の成長を見守るようで微笑ましい。しかし能力者の権利を主張するあまり行き過ぎた価値観に考えを支配されそうになる場面も見られ、煽動的な行動に安易に飲み込まれる危険さも感じられる。

 

強い力を持っていれば悪を倒すことはできるかもしれないが、安心して暮らせる日常が手に入るとは限らない。力を持つだけで嫌われて、力を正しく操れないだけで恐れられ、差別と対立が絶えない社会の中で力を手に入れてしまった子供たち。彼らが世界と向き合い、自分自身と向き合い、どんな自分として生きたいのか悩み葛藤しながら前に進む姿は、現代を生きる若者に共感と勇気を与えてくれるはずだ。スーパーヒーローとティーンエイジャードラマを見事に融合させた「スーパーヒューマンドラマ」として非常に模範的な作品だったと言える。

 

 

 

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最後に、これだけは触れておかなければならないのが、やはりアイデア豊富なスーパーパワーだ。マリーの血液を操る能力。予告で見ていた時はパッとしないというか、彼女が主人公だと思っていなかったこともあり、本編での活躍ぶりにかなり驚いた。自身の血液を放出して武器にしたり、逆に血を止めることで人命救助をしたりと技のバリエーションもあり良かった。彼女のルームメイトであるエマは体の大きさを変えることができる。もう言われなくてもア○トマンなのだが、ここにツイストを設けてくるのが『ザ・ボーイズ』で、食事を取れば体が巨大化し、嘔吐することで収縮するというハンディキャップを持った能力なのである。相応の苦しみを負いながら力を使うエマのヒーロー性は作中でも一際目立っており、好きなキャラクターの1人である。ケイトの催眠術とアンドレの金属を操る力は特筆するものはないので飛ばしたい。ジョーダンは先述済みだが、彼らはもう少し弾けることができたのではないかと感じる人物だった。ケイトの催眠空間で2人が対話するシーンなんかは結構面白くて、見せ方次第でもっと魅力的になるだろうなと思いながら見ていた。この2人もお気に入りです。

 

そしてサム。彼は強靭な肉体と剛力の持ち主なのだが、強さの見せ方が斜め上過ぎて良い。口から拳が突き出してたりヘルムごと頭をペシャンコにしたりオーバーキルっぷりが凄まじい。この暴力性と普段の大人しさは総じて赤子のような印象を抱かせ、エマと心を通わせていく過程では少年のうぶな心を覗かせていて微笑ましい。周囲の人物がパペットに見えてしまうという風変わりな幻覚はブラック・ノワールに似たファンタジーさがあって、その豊富なキャラクターのおかげで彼は本作で最も好きな人物だった。それだけにフィナーレの決断には心を痛めたが、最終的には正しい心を持ったヒーローになってほしい。『ザ・ボーイズ』シリーズは超能力の描き方が他のどの作品よりも魅力的で、ブラックな笑いもありつつ奇想天外な発想でいつも驚かせてくれる。

 

 

 

 

ヒーローはその力を正義のために使うことができるからヒーローであることができる。スーパーパワーを持ったものの善性を描かないヒーロー作品などあり得ない。だがそうした型があるからこそ、その型を崩した作品も登場する。ヒーロー作品がわざわざ立ち入らない領域に、進んで足を踏み入れた映像作品といえば『デッドプール』がその始まりになるのだろうか。当時のMCUやDCEU(とX-MENシリーズ)に対しての掟破りで強烈な作風は以降のヒーロー映画に大きな影響を与えた。時は流れ、一大ブームとなったヒーロー作品界隈はたちまちレッドオーシャンと化していくが、その荒波の中颯爽と現れた『ザ・ボーイズ』はそれまでのヒーロー作品全体へのカウンターのような存在で、非常に痛快だったことを覚えている。

 

『ザ・ボーイズ』は常に王道ではできないようなブラックコメディを飄々とやってのけヒーロージャンルの中に新たな牙城を築いたわけだが、ここに来て学園ドラマという新たなカードを切ってくる手にまあ驚いた。しかもメインシリーズと変わらなぬセンスに加え、現代的なティーンエイジャードラマとしても質の高い作品で、本当に油断ならない存在である。どちらのジャンルも好きだからこそこれまでの作品に不満を感じることがあったので、本作はまさに痒いところに手が届いたような気分なのだ。『GEN V』という作品の存在がヒーロージャンル全体の振興に大いに貢献してほしいし、私が待ち望む『X-MEN』新作はこれを超えるものが作れるのか非常に心配になっている。シーズン1のフィナーレはまさかの展開で今後の予想が全くつかないが、シーズン2の製作も既に決定しているとのことで、マリーたちのこれからの活躍に期待したい。

 

 

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