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映画の感想つらつらと。

『ミッション:インポッシブル / デッドレコニング PART ONE』彼は何処へ向かうのか

※ネタバレなし

 

Mission: Impossible Dead Reckoning Part One
制作年 : 2023年 / 監督 : クリストファー・マッカリー

 

M:Iシリーズ7作目にして初の2部構成映画の前編である本作は、史上最大の「開き直り映画」だった。

 

あなたはM:Iシリーズに何を求めているか。いや、トム・クルーズに何を求めて映画館へ行くのか、と聞いた方が良いかもしれない。

 

恐らく多くの人はトム・クルーズのスタントシーンと答えるのではないだろうか。M:Iシリーズがトム・クルーズによる人間の限界を超えた凄技スタントを見どころとしている部分は言うまでもない。トムの挑戦したいスタントシーンが先んじて存在し、脚本が後に続く形で用意されているという裏話も有名だ。

 

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映画の根幹を担ってしまっていると言っても過言ではない超絶技巧は、幾度となく私たちの度肝を抜いてきた。作品に対するイメージも話の内容ではなくトムが披露した「演目」にすり替わっているのではないか。『ゴースト・プロトコル』は「トムが巨大ビルをよじ登るやつ」であり、『ローグ・ネイション』は「トムが飛行機に掴まって宙吊りになるやつ」であり、『フォール・アウト』は「トムが自らヘリを操縦するやつ」というように。

 

これは紛れもない事実だ。回を重ねるごとにエスカレートする彼の挑戦は映画という枠を超え、「トムが自分の体を使って限界に挑んでいるという証拠映像」がシリーズにおける最大のセールスポイントになってしまった。誇張抜きに命懸けの撮影に挑むトムの姿を嬉々として鑑賞する私たちにもその責任の一端があるのかもしれないが、奇妙な娯楽映画の暴走は止まることを知らない。

 

最高の興奮を届けたい、その一心で過酷な「ミッション」に挑むトム・クルーズはある意味で暴れ馬だと言える。私はそんなトムの危険な行為を認めながら、それに引けを取らない物語を描く製作陣もまた賞賛に値すると感じている。どうしても観客の関心が集中するスタントを劇中で何とか成立させるための物語作りのバランスを取ろうとしていた苦労が垣間見えるというか、「トムのスタントだけじゃないんだぞ」という気概を感じ取っていた。

 

しかし新作が作られる度に常軌を逸したトムの挑戦は勢いを増し、物語とのバランス取りが難しくなっているのが明らかだった。先に挙げた「トムが〇〇する映画」に象徴されるように、映画全体に占める物語の割り当ては明らかに限界を迎えていた。そして本作「デッドレコニング」はついにその臨界点を超えてしまった。

 

映画は物語だ。映画を作る以上、物語を用意しなければならない。なぜならトム・クルーズの曲芸の記録テープだけでは単なる映像の羅列であり、それは映画とは呼べないからだ。物語とは成長、挫折、生や死。つまり何らかの変化を描くことであり、究極的には過去から未来への時間の経過を表すことであると私は考える。

 

本作には重要な役割を担うアイテムとして「十字の鍵」が登場する。ロシアの次世代潜水艦であるセヴァストポリが推測航法=デッドレコニングを用いた新しい航行システムを運用するにあたって採用された高度なAIシステム「エンティティ」が暴走し引き起こした世界的な破壊活動に対抗できる唯一の手段となるのがこの2つで1つとなる鍵で…、という細かい設定はどうでもよくて、大事なのはこの鍵を追い求めるという行為、文字通りのムーブメントにある。ある物がA地点からB地点へと移動するとき、そこには時間の流れが生じている。時間が流れているということはそこに「始まり」と「終わり」の概念も存在していることになる。つまりは、物語が描けるという訳だ。

 

そう、この作品は鍵ひとつに物語の全てを委ね、本作を映画として成立させているのである。回りくどい説明だが、十字の鍵を追うという行為がスタント映像の数々を繋ぎ合わせひとつの映画に仕立て上げているのだ。

 

物語の構造をキャラクターたちが十字形の鍵を追い求めるという単純なものに割り切ることで、超絶スタントシーンではそれだけに集中して楽しむことができるという思い切りのよい映画設計。限界を追求したいトム・クルーズとその瞬間を目撃したい観客、両者の共犯関係なしには実現しえない「開き直り」であると考えたのだ。

 

さて、本作は「パート1」である。十字の鍵を手に入れたイーサンたちはこれから海底に眠る潜水艦・セヴァストポリへを目指す。「鍵を追う映画」の次は「潜水艦へ向かう映画」なのだろうか。恐れ知らずのトム・クルーズが狙う次なる挑戦は何か。開き直った先にある彼らのわがままに今しばらく付き合おう。


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