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映画の感想つらつらと。

『タイタニック』壮大な人生讃歌

先日から期間限定で劇場公開されている「タイタニックジェームズ・キャメロン25周年3Dリマスター」を鑑賞。人生初の「タイタニック」であった。

 

※ネタバレあり

 

Titanic
監督:ジェームズ・キャメロン/1997年/アメリ

 

この映画はタイタニック号の沈没という歴史的な海難事故を題材とした映画であり、身分の違いを超えた男女が織りなすロマンス映画である。だが私にはあくまでどちらも要素のひとつに過ぎないと考える。むしろ本作の主題はローズという1人の女性の生涯にこそあるのではないかと思うのだ。

 

映画の冒頭は沈没船の潜水調査に始まる。事故の詳細について調べてみると生存者や船舶の設計者など当時の関係者による証言を多数見ることができるが、本作においてもその経緯を序盤から解説している。沈まない船と謳われ、ギリシャ神話の巨神の名を授かった豪華客船は皮肉にも氷山によって開けられた小さな傷が原因で海の底へと沈んだ。

 

事故の顛末は以上だ。もちろんそこには想像を絶する体験があった訳だが、この映画では加えてローズとジャックのロマンスが脚色されている。つまり現実世界にいる私たちには知る由もないストーリーだ。それを今からローズ本人が口伝する。調査隊に向けて彼女が語り始めるその口調からは、まるで観客である私たちに対しても「あなた達の知らない秘密があったのよ」と暗示するようにも聞こえた。

 

当時の社会では身分の違いや性別による力関係が強く残っており、特に女性は男性の所有物として虐げられ、結婚は女性が上流階級で生きていくための手段とされていた。ローズは良家の生まれでありながら一族の資産は尽き、窮地に立たされていた。一族の保身のため結婚を設けられたローズはそうした社会の不条理に苦しんでいた。当人の意思に関係なく勝手に敷かれたレールに沿うだけの空虚な人生に生きる意味を見出せず思わず自死を決意する。

 

そんな彼女の元へ現れたのが画家である青年・ジャックだった。根無し草のような生活をする彼だが素直で聡明な性格を持ち、ローズに対して一切の偏見ない態度を見せる。婚約者までもが彼女を粗略に扱う中、ジャックは身分も性別も関係なく1人の人間として彼女に対する敬意を払い続けた。

 

ジャックと触れ合う中でローズの思いは揺らぎ始める。生きる意味を見出せず身投げしようと船尾に立ちすくんでいた彼女は、船首に立ち夕暮れに愛を育むまでに息を吹き返す。  碧洋のハートと呼ばれる大きなダイヤのネックレスを唯一身につけたのもこの青年の前でだけである。衣服を脱ぎ首を飾り横たえる彼女を真っ直ぐな瞳で見つめるジャック。彼女の裸体を前にしても決して情事には至らない彼の誠実さが伺えるシーンでもある。

 

だが幸せも束の間、避けられぬ瞬間が刻々と迫っていた。

 

映画後半で船が難破していく場面は目を疑うような出来事の連続だ。激しく流れ込む海流。慌てふためく乗客。不釣合いな演奏。無意味な祈り。渦巻く混乱と欲望。そしてそれらが緻密に作り込まれた映像であることにも驚かされる。写実的で息を呑むような映像で見せる絶望的な状況は、2人の別離を予感させる。

 

果たしてタイタニック号は姿を消し、海上に残された乗客の断末魔の叫びが凍てつく夜海に響き渡る。凍えるローズを漂流する木板に押し上げ、助けを待つジャック。その両手にはもはや意味をなさない手錠がまだ繋がれている。思い返せば浸水する地下室に監禁され絶体絶命の危機にあった彼を助け出したのはローズだった。そして一度は救助ボートに乗り込んだ彼女はジャックと一緒でなければ脱出する意味がないと客船へ戻ってきてしまった。本来交わるはずのなかった2人。自分と出会わなければ彼女は無事に生還できていたかもしれない。そんな責任をジャックは感じていたのではないだろうか。やはり彼はどこまでも誠実で、ローズに対する思いは単なる恋愛感情ではなく敬愛の域に達しているのだ。

 

人々の切なる叫びはいつしか消え、辺り一体は不気味な静寂につつまれる。ようやくのところで救援ボートが来た時には既にジャックは息絶えていた。

 

鎖が断ち切られた手錠。数々の運命に抗う2人の姿を象徴しているように見えた。だがジャックだけは死の運命から逃れることはできなかった。海から這い上がれたローズとその場にとどまるしかなかったジャック。2人には死に際の別れすら与えられない無情な最後を迎えることとなったが、それこそタイタニック号の沈没で犠牲となった人々の深い悲しみを写していると感じる。

 

全編を通してやはりジャックという存在そのものが運命の悪戯であるかのような感覚がしてならない。偶然にもタイタニック号へ乗り込み、人生に苦しむローズを救済へと導き、船の沈没と共に消え去った彼は、歴史的事故に迷い込んでしまった妖精や精霊のように見えた。そうした映画的マジックを効果的に利用することで作品の神秘性が高まっていると感じる。

 

運命の仕業によって生きる希望を授かったローズ。事故から80年以上もの間、誰にも伝えられなかった真実。壮絶な現場、ジャックの存在、全てはしこりのように彼女の中に残っていたはずだ。それをようやく口にすることができ安堵したに違いない。ネックレスを投げ捨てる仕草からそうした様子が伝わってくる。

 

全てを語り終え、安らかに眠る彼女のベットの脇にはたくさんの写真が並べられている。そこに映された姿はどれも生き生きとしており、彼女が幸せに満ちた半生を過ごしていたことが伺える。馬にまたがり笑顔を向けるその顔に、ジャックの気配を感じ堪らない思いが込み上げてくる。

 

海の底で今もゆっくりと朽ちていくタイタニック号。それは不名誉にも歴史に刻まれた悲劇の象徴かもしれない。しかし確かにこの客船でローズはジャックと出会い、生きる希望を与えてくれた。眠りについたローズが見る夢は遥か彼方、在りし日の景色。時計台の下で待つ1人の青年。これこそがローズにとって一番の思い出であり、かけがえのない瞬間であったという証左だろう。納得すると共に強く心打たれ、万感の思いでエンドロールを迎えた。

 

そして流れる「My Heart Will Go On」。劇中で何度も耳にしたがどの場面も感動的で印象深い。目を閉じ歌詞を噛み締める。聴こえてくるのは、永遠の別れに対する深い悲しみであり、もう一度会いたいという切望であり、運命を変える勇気をくれたことへの感謝である。2人の時間を逡巡していると、気が付けば涙が頬を伝っていた。

 

3時間を超える映画の中で目にしたのは多くの人の生き様である。楽しいとき、苦しいとき、その時々で見せる三者三様の姿が印象的だった。身分の違いに関わらず時間だけは全ての人に等しく与えられるものだ。限られたその時間をどう過ごすかが重要であり、瞬間瞬間の積み重ねがその人の人生を形作る。「Make it count.=今を大切に。」何が起こるかわからないから人生は楽しい。

 

タイタニック号の沈没。ジャックとの出会い。度重なる運命に導かれローズはついに自分の人生を手に入れた。彼女はジャックが残した言葉の通り、一日一日を大切に過ごし苦楽に満ちた人生を送ったはずだ。大いなる愛と喪失を経験した彼女の人生そのものを讃歌することが本作が不朽の名作たる由縁なのだと実感した。 


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