目の前の問題から逃げ続けてきた男が自身の弱さと向き合い一歩を踏み出す。
※ネタバレあり
そして僕は途方に暮れる
監督:三浦大輔/2023年/日本
自分という確固たる軸が定まらず他人に同調するように生きてきた裕一には居場所がない。自身が招いた事態に翻弄され安住の地を求めて彷徨い続ける。だが事態と向き合わずに逃げ続ける彼が理想郷に辿り着けるはずもない。意固地な男がセルフケアをする物語。
物語とは言ったものの作品の展開は一般的な物語からは逸脱しており、のらりくらりする主人公同様に非常に散漫としている。だがそれこそが本作のポイントでもある。他人の家を転々とする裕一の不思議な行動や謎の浮気相手の正体などミステリアスな要素から終盤でのどんでん返しを想像していたが、散りばめられた要素は悉くミスリードであった。もはや主演を務める藤ヶ谷太輔という配役までもが観客を騙していたようにすら思えてしまう。それくらい劇中の彼のイタさは見るに耐えなかった。アイドルである氏があれ程までに格好良くない男性を演じられることに驚いたし、何より見事な演技なのが好印象だった。
本作の焦点はどうしようもない男が自分の弱さに向き合うことである。
「なんかごめんなさい。」
北海道苫小牧の実家へ戻った裕一が迷惑をかけてきた相手に対して謝罪をするべきだがどうしてよいか分からないままに発したこの言葉は妙に心に残った。今のままじゃいけないのは分かっていて、変わらないといけないとは思うけど、何をしていいか分からない。怠惰な性格である一方で見栄だけは大変ご立派。自分のことは棚に上げ他人の欠点に正論で打ち掛かる。人を頼れば少しはマシになるだろうがプライドが邪魔をする。果てには周囲から孤立してしまう。これは男性特有の問題だと思う。理想とする自分あるいは男性像と現実の乖離。誰にも頼らず強く生きなければならないという漠然とした強迫観念。耳の痛い話だと感じた人は少なくないのではないだろうか。だがご覧の通り逃げ続ける者の末路は高が知れている。全てを拒絶し孤独に死を待つのみ。しかし同時に向き合い始めたものに訪れるものも示してくれた。相手の話に耳を傾け自分の思いを正直に伝える。ただそれだけでいいのだ。それだけで状況はいくらか好転するのである。
しかし本作には都合の良い綺麗な展開は訪れない。意を決した直後の衝撃の告白。裕一の不憫さにはさすがに笑ってしまうが、元はと言えば自身が引き起こした問題。因果応報。自分が変わったからといって全てが上手くいくようになるわけじゃない。人生そんなに甘くないのだ。ただ彼女の思いを受け止めようとした裕一の姿には成長を感じる。小さくとも確実な一歩を彼は踏み出したのだ。
途方に暮れた彼を前にようやく物語は始まる。カチンコを鳴らすベタな演出。新宿は歌舞伎町。観客と目線を合わせた後背を向け歩き始める主人公。面白くなるのはここからなのだ。背後にはゴジラヘッドでお馴染みTOHOシネマズ新宿。何を隠そう私がこの映画を鑑賞していた場所である。思わず笑みが溢れた。
「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である。」
世界の喜劇王、チャーリー・チャップリンが残した言葉である。悲劇と向き合い自分を改めている彼の未来に幸あらんことを願うばかりだ。