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映画の感想つらつらと。

航海の末に辿り着いた世界とは『ザ・プレイリスト』

いつも映画の感想を投稿している私はドラマをあまり観ない。と言うよりは観る習慣がない。その長さゆえに敬遠している節があるのだ。「2.3時間も拘束される映画を何本もよく観れるね」と言われるが、私からすれば総量が圧倒的に長く、下手をすれば1シーズンだけでは解消しきれないモヤモヤを抱える恐れのあるドラマシリーズを長期に渡って視聴し続ける方がよっぽどエネルギーを使うではないか、と言いたい。

 

私がこれまで見たことのあるドラマと言えば、MCUと「クイーンズギャンビット」くらいだ。前者はMCUファンであれば言わずもがな、視聴しないと置いていかれるという危機感からくるもの(とは言っても面白いのは面白いのだが)であり、後者に至ってはリミテッドシリーズであることが私の背中を押してくれたから観ることができた。

 

近頃私は家で映画を観ていると漏れなく睡魔にやられてソファで寝落ちするのが恒例になりつつあり休日はともかく、平日の仕事終わりには映画をなかなか観られない体になってしまった。ドラマ界隈とは縁遠かった訳だが、11時間くらいならまだ行けるか...という流れで遂にドラマ視聴に手を出したのである。

 

ちなみに本作品もリミテッドシリーズなので追い続けるエネルギーも最小限で済む。初心者の私には大変嬉しい話である。エピソードも6話と少ないためサクッと観やすく、1週間ほどで見終えることができた。前置きが長くなったが、本ドラマを観てSpotify創業の物語から見える音楽産業の今についての考えを記したいと思う。

 

ドラマの構造に触れます

 

The Playlist
監督:ペール=オラフ・ソレンセン/2022年/スウェーデン

 

いまや知らない人はいない音楽配信サービス「Spotify」。サブスクリプション、ストリーミングといった今日では当たり前の概念を定着させた存在とも言えるだろう。たった1人のアイデアから始まったテックベンチャー。当時問題となっていた違法配信サイトの煽りを受けながらも、先見の明と揺るがぬ自信だけを頼りに茨の道を突き進む。ひとつの企業が生まれ、育つ過程を様々な分野の人物の目を通して観察していくようである。本作ではそんなユニコーン企業がいかにして成長を遂げたのかを描きつつ、同サービスが提唱したビジネスモデルの問題を露わにする。

 

私が本作を評価したいのはSpotifyを英雄視しない点だ。創業当時から現在に至るまで依然としてアーティストの収入低下は指摘され続けている。サービスの要でもある彼らを支えていかなければいずれはSpotifyはじめ音楽産業そのものが再び沈むことを本作は危険視している。

 

SpotifyApple musicなどのストリーミングサービスがアーティストに対して支払うロイヤリティが低いことについて長年議論がなされていた。詳しくはここでは説明しないが、要するにCD時代とは異なる収益形態によってマイナーアーティストであるほど割を食う支払い構造になっているのである。違法ダウンロードに流れるくらいなら僅かなロイヤリティでも仕方ないとするアーティストの弱みに漬け込んだかたちで現在の娯楽形態は確立された。

 

この事実を知っていると本作品はむしろそうした諸問題を取り上げずにSpotifyの歴史を語ることは不可能とさえ思えてくる。最終話のラストシーンは本作の撮影裏で幕を閉じる。「我々が見せたものはあくまで未来のひとつの可能性に過ぎないよ?」と声が聞こえてきそうだ。Spotifyを一方的に批判するのはさすがに角が立つから避けたように見える。

 

こうした問題は私たち消費者も他人事ではない。そもそも音楽産業が衰退した背景にはインターネット普及期における違法ダウンロードの隆盛に起因する。消費者が音楽をタダで楽しもうとしたことが発端なのである。前述のとおりSpotifyApple musicなどの定額制音楽ストリーミングサービスも料金がかかるとはいえ、CDに比べたら幾らでもないことを加味すれば業界衰退の歴史は未だ潰えていないと言える。

 

現在私もApple musicの恩恵に預かる1人である。TWICEの気に入った楽曲をまとめたマイプレイリストをヘビロテしている。CMやラジオで耳に入った音楽を検索して試聴してみたりもするが、結局はいつも決まった曲だけを繰り返し聴いている。私のように利用する人は実際のところ多いと思うが、こうした利用では結局トップアーティストにしかお金が流れていかないのである。その他大勢はいつまで経っても満足いくお金が手に入らない。生活がままならない。たしかにCD時代と比べて新規参入しやすい世の中になったのかもしれないが、果たしてシンデレラストーリーを語られるアーティストがどれほど現れるだろうか。

 

例えば楽曲を配信することで世界中の人々を相手に活動することが可能となる。しかし楽曲を1度再生して得られる金額は露ほどもない。一方でCDを1枚売れば仮に購入者が1度も楽曲を聞かなかったとしてもアーティストは利益を得られる。だが物理メディアを販売すること自体が困難であるという問題がある。

 

問題が指摘されている現在のロイヤリティの収益構造はアーティスト毎の総再生数の割合に応じて利益を分配する方式である。ここでは1人が同じ楽曲を1万回聞けば再生回数は1万回とカウントされている。すると再生数を上げやすいメジャーアーティストに収益が集中し、その分だけマイナーアーティストに渡るロイヤリティが少なくなる。これは私は不公平だと感じる。限られたパイを全員で取り合うのだからマイナーアーティスト達は不利な状況で戦わなければならないことになるからだ。

 

対して私が賛同する算出方法は分配する割合を再生したアカウント数で割り出すものである。つまり1人が何回再生しようが再生数は1回分しか記録されず、1万人が再生してようやく1万回再生が達成されるのである。これはCD販売の考え方と同様である。「楽曲を聴く=音楽を買う」という考えに最も即していると思う。

 

劇中でダニエルが言っていたように私たち消費者は「違法サイトよりは音質が良くて整理されている」理由でストリーミングを利用している。海賊版であろうがなかろうが出来る限り音楽は無料で聴きたいという根本の思いは変わっていない。音楽産業の衰退を解決できた訳ではないということだ。かといって今更CDに回帰する流れは考えにくい。例外的にレコードへの関心が高まっていることはあるが、それが音楽を大量消費する私たちの考え方を根本から変えられるのかどうかは疑問が残る。容易に発信しやすくなったという点で楽曲データの配信は優れていると思うので、NFTのような非代替の価値を見出していくことが解決の糸口になるのだろうか。

 

ドラマの内容からかなり逸れたが、サービスを利用させてもらっている以上、アーティストを苦しめている今の状況から目を背けることは良くないと思う。最終回にボビーを置いたのもそういう意図だと考えられる。何事においても勝者と敗者が生まれてしまうのは仕方がないと思うが、アーティストなり何なり活動している人が極度に苦しい環境に追い込まれるようなことはあってはならない。音楽はアーティストが生み出した財産である以上、それを拝借してサービスを提供する企業側は彼らの活動を支援する環境を整えることも責任の一つではないかと考えた。


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