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映画の感想つらつらと。

『TAR / ター』鎧を剥いだ者の魂の音色。

※ネタバレあり

 

TÁR
監督:トッド・フィールド/2022年/アメリ

 

何か凄いものを見た気がするが何が凄いのかが分からない。でもその分からなかったことを理解したい。そう思わせるような映画だった。  

 

私自身は音楽についての教養もないので詳しいことはよく分からなかった。解説レビューや記事を読んだが「なるほど!」とはならなかったので単に私の読解力が足りないんだろう。1回じゃ拾いきれなかった部分も多いので配信が来たらまた見返そうと思う。

 

冒頭のインタビュー。映画は初めの10分くらいでどういう映像、作風なのかを示すものだと思っているが、ひたすら語りまくるリディアとインタビュアーによる幕開けには圧倒された。著名な音楽家などの専門用語や固有名詞が飛び交い矢継ぎ早に変わっていく字幕を追いながら、同時に彼女の語り口も見なくてはいけない。最序盤から突き放されそうになる。

 

「オケ」がオーケストラを指していることくらいしか分からなかった私からするとプロフェショナルによる音楽講論だけで十分に楽しい。右手で時間を、左手で空間を創造する指揮者の手振り。なるほどリディアはそうやって音楽を、そして楽団を支配しているという訳だ。

 

音楽性や理論よりも権威が先立つリディアの言動。大学での講義、アシスタントへの圧力、オーケストラもコンサートの演目も自分のほしいままにする。  しかし絶対的な権力を有する支配者リディアは実際にはかりそめの姿であり、周囲の人間に簡単に翻弄されていく様子が面白い。所詮は支配することにしか彼女は興味がない。いや寧ろそうでもしなければあの場に居続けることもできなかったのではないか。

 

彼女は支配することでしかあの場に立てなかったのだろうか。オーケストラを支配することが彼女の目的だったのだろうか。

 

私はそうは思わない。彼女がベルリン・フィルを牛耳っていたのはあくまで結果論であり、それは本来彼女が目指していた指揮者リディア・ターの姿とはかけ離れたものだったのではないか。純粋な音楽とは程遠い、連帯ではなく支配によって作られた栄光。もちろんその影で傷つけられた人は数知れず、彼女がしてきた悪事は許されるものではない。

 

だがだからこそフィルを退いた後、自分を見つめ直し、起源に触れ、そして辿り着いたバンコクでのコンサートは本来目指していた音楽との純粋な向き合い方を掴んだのだと感じた。大仰な仮装に身を包んだ観客が見守る中、大きなプロジェクターとナレーション、そして小さな楽団を率いて演奏する「モンスターハンター」の音楽はたしかに一流のオーケストラが奏でるクラシックとは全く異なるかもしれない。だがリディアにとってジャンルや品位は関係なく、ようやく音楽と真摯に向き合うことができたのがラストのコンサートであり、本当のスタートを意味していると受け取った。

 

彼女が奏でた音楽は彼女自身の門出を祝うファンファーレなのだ。


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